魂の叫び

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日本国憲法 誕生の真相 ~ 映画「日本の青空」(30分ダイジェスト) Truth of "The Birth of the Constitution of Japan"

映画「日本の青空」概要記事(2007年12月9日に、地元で観た時の感想はここ

ドキュメンタリー映像は→日本国憲法の草案はメイドインジャパン

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今更な、年齢になってしまいましたけど



@nkstnbkz:

すべての患者とすべての医師は,その可能性を常に頭に描いておく必要があります.ある方「私の症状も、もしかしたらてんかんじゃなかったのかも」 @nkstnbkz: てんかん診断で脳波は必須だが、きちんとした施設で検査しないと、過剰診断になりがち。てんかんでないのに薬物治療開始など

--ついっぷるで共有機能からの、引用です--

http://twitter.com/nkstnbkz/status/547756298708598785



少しは、開けるでしょうか
人生のに突きつけられているかのような毎日

私の人生に必要なは、何色が何本ですか

リボンの色
多分、私は今までもこれからも一生

ハリネズミのジレンマに、悩み続けるのでしょう



@koikekazuo:

あなたが発した一つの言葉には、それを発する以前の自分の全てが呼び出されている。思わず発した一言に、その人の人生が集約されているのだ。だから、例えば、恋人や友人を作る時に、その人の言葉づかいを基準にするのは理にかなっている。言葉で人は嘘をつくけれど、言葉で本性がばれるのだ。

--ついっぷるで共有機能からの、引用です--

http://twitter.com/koikekazuo/status/521915019890409472



言葉は心を超えないなんて、一体どこの誰が言ったんだか
今、生きている分の自分の人生

女子としても社会人としても、明らかに手遅れ(タイムオーバー)

周囲が将来を夢とか可能性とか努力とかで考えていた同じ時期に消去法で考えなければいけなかった段階で、誰に言われなくても私が一番よくわかっている現実

次回からの分は、もし男子に生まれて来たとしても

パステルカラーのもウンザリするくらい満喫して、できるだけ早いうちにこの世からアッサリしてしまいたいです

映画空気人形によると

命は、他の命と結びつくことで初めて命としての存在を得るらしい

成人式直後から自称からの「将来のため」「老後のため」連呼の圧力に負けて、自己満足に迎合してしまった結果

年相応の真っ当な社会性とか人間関係を得る機会もないまま、偏向した思い込みと都合次第で暴言暴力の対象の果て納得行く努力以前に機会のスタートラインにも立てず、燃え殻になるどころか火花を見ることもできなかった前半生

「今更手遅れ、全て自己責任」認定までされてしまった私は、生命としての存在自体が最初からと面子面目以外は全て戦力外扱いだった

他者との接触も摂食も困難になってようやく自己選択での積極的治療を始められた結果、今更初めて痛感させられた現実

もし今後半世紀を生きたとしても、体の放物線が劣化の一方になることを考えると

何を考えても、将来とか老後への希望なんて根拠自体が全然見えて来ない

生まれて来る時期や場所さえ間違えなければ、他の人達にとっての今は社会問題になっている症状を暴言暴力の口実にされずに済んだ

それとも、私は生まれてしまっただけの段階でそんなに罪深い存在
今日のお昼前、ようやく市役所の福祉課の職員さんが自宅に訪問してくれることになりました

に足を運んでもらう形式になるまで、長かった

は外から見えないのでで運ばれている症状でも「都合で病気をしている」と精神論を押しつけられることも多々

「ザ・ノンフィクション、秋葉原無差別殺人事件」

今の私には、加害者の心理が他人事というより自分のことのように思っていたことが

物心ついた時にはの往復、本来なら集団での社会生活経験を体得するための歳月日時が

何をどうすれば「年相応の社会人らしい言動」なのか、想像すらできません

代を体調の心配をかけている分せめて気持ちの心配はかけたくないと、他人様の事情にどんなに合わせていても

当然扱いやつけこまれ続けの年の果ての今も、明日にでもに入院しないとな時まで相変わらず待ちぼうけさせられたまま、体力と気力は消耗に向かう一方

人生の折り返し地点に入ってしまった今後だけでも「これでいい」から「これがいい」に方向性を切り替えたくても、感情の起伏が激し過ぎて毎日が辛いです

今に至った原因は全部、症状への理解どころか自覚もできないでしかも両親の他界に意気消沈してしまった時、利用されたり言いなりになった私の弱さだけの自己責任ですか

しかもどうやら就職就業をしたくて何をどうあがいてもできなかった段階で、存在価値は「20年来と支援施設に通いながらでも最大限10年以上往来や交流を続けていた私<<<<<<<仕事との提供以外は何もしない上に、暴言暴力を正当化する一面識もない姉の夫」だったとも判明

社会活動のメッセージは、リボンの色で表明しているそうですね

リボンの色

自覚的に生きるための自主的な治療や生活環境の整備を、進めようとすればするほど

ハンドル操作の主導権を奪われたままの、アクセルとブレーキを同時に全力踏み込みこそなくなったけれど

前進どころか、後退や暴発を防ぐだけのサイドブレーキだけで私の命は精一杯な気もし始めた、今日この頃